生活インフラ(1)


T船内環境

1環境再現区画

 本都市船は、各藩国の気候・風土及びその生態系を可能な限り再現する事を目指し設計・建造された。それが意味する事は何か?
 それはすなわち朝になれば明るくなり、夜になれば暗くなる。暑い季節があれば寒い季節もある。雨が降る日もあるし、国によっては雪も降るだろう。春になれば草木が芽吹き、夏になれば新緑が青々と茂り、秋になれば紅葉し、冬の寒さに耐えて再び巡る春を迎える、そんな地上に暮していれば当たり前の環境、1年間のサイクルを再現しつくす、ということである。
 それらは我々が再び宇宙に帰り、宇宙で生き続けるためには不可欠なものであり、そのために様々な工夫が行われている。

 その中心となるのが、外宇宙都市船内デッキプレート2枚分のスペースを利用した環境再現区画である。
 これは各都市船に乗り込む人達の出身藩国の自然環境に合わせて山地、川、森、平原、砂漠、海などいくつかのエリアに分けて自然地形を再現したもので、ここに各藩国から集められた動植物を放ち、育成と繁殖を行い、個体数の維持を行うことで単に生物種の保存のみに留まらずそれらが生育する自然環境全体を含めた生物圏の保存を行うものである。

 各エリアは後述する水や空気の循環システム、空調設備・気圧調整システム、疑似重力システム、照明システムなどと接続され、短期的には1日の気温・明暗のサイクルから、長期的には1年の気温・気候の変化を再現している。

 これらのエリアは区画内の環境バランスを維持する観点から生物保護や設備維持に携わる技術者・職員など一部を除き、一般の都市船居住者に関しては入口に受付が設置されており、1日の受け入れ人数に上限が設定されている他、立ち入りや、立ち入った際の中での行動にいくつか制限が加えられている。

 詳細については以下の通りであるがこれらはいずれも都市船内の生態系を維持するためのものである。
 その代わり、各エリアを取り囲む外周通路から中の様子を見る事が出来るようになっており、散歩コースとして居住者達の憩いの場の一つとなっている。

環境再現区画見学の注意点(見学パンフレットより抜粋)
・見学の際は入口横の受付にて手続き後、
 区画職員のガイド同伴で見学を行って下さい。
・中の動物に餌付けをしないで下さい。
・中の動植物や土を区画の外へ持ち出さないで下さい。
・区画内での飲酒及び喫煙はお止め下さい。
・そもそも都市船内は全区画禁煙です。
・ゴミは必ず持ち帰って下さい。

 以上は環境再現区画に関して満天星国が想定する基本的な仕様であるが、実際の運用は各都市船の運営を行う行政組織に委ねられることになる。これは各藩国の原風景として人が積極的に自然に介入することで生まれる里山のような光景が想定される可能性もあり、各藩国によって自然と人との関係に微妙な差異があるため、一律の運用方法を設定するよりは各都市船に委ねる方がよいと考えられたためである。

2水

 都市船内で利用された水の浄化処理及び水質管理、水の循環を行う。
 浄化処理にはフィルターによるろ過と植物プランクトンによる老廃物の分解処理が併用され、センサーと人の手による水質チェックを経て生活用水や農業バイオームへの供給が行われている。

3空気・温度

 浄化フィルターと農場バイオームを利用した酸素と二酸化炭素のバランス維持及び汚染粒子の除去、センシングによる大気成分、湿度、温度、気圧のバランス管理などを主に行う。
 特に気温と気圧は密接な関わりを持ち、また、避難先においては太陽光による熱量確保が困難となる一方で、ほぼ真空であり熱を伝導しない宇宙空間に浮かぶ都市船では生命活動に伴って発生する熱エネルギーを処理し、船内を冷やす工夫が必須となる。そこで本都市船では空調設備と気圧調整用のスペースを利用して気温・気圧の保全を行っている。これらは惑星防御艦隊基地で使用された空気の循環システムから発展したものであり、空気の対流と船内の水の循環をラジエーターとして利用している。
 また、これらのシステムと、デッキプレートの回転運動を利用して都市船内で微小な気圧差を生じさせる事で人工的な物ではあるが都市船内での風の再現も行っている。
 また、基本的に閉鎖環境である都市船内では空気感染による感染症も大気成分の維持の中で警戒すべきものの一つとして捉えられており、浄化フィルターによる微生物やウイルスの除去と定期的なチェックを行っているが、もしそれでも万が一感染症の発生が確認された場合、隔壁の閉鎖と気圧差による病原体の封じ込めが行われ、治療等各種対応が行われる。

4疑似重力

 都市船内の8枚のデッキプレートからなる円筒状のシリンダーを回転させる事で、遠心力によって約1Gの疑似重力を発生させ、可能な限りテラに近い状態で生活できるようにしている。
 現在エアバイク等で利用されている重力制御機構は、発生させる事の出来る重力のキャパシティに限度があるため利用しておらず、コスモス2や惑星防御艦隊基地で採用された遠心力を利用する技術が専ら使用されている。

 基本的に人間を含む多くの動物は微小重力環境下で長期間生活すると骨からカルシウムが失われ、筋肉が衰えるなどの影響が現われる。
 これは重力によって元々体にかかっていた負荷が極端に減った環境では骨や筋肉はその強度を自然に維持する事が出来なくなってしまうからであり、その状態が長く続くと骨粗しょう症や心臓疾患など極めて健康に悪い影響が予想される。
 また、空気の対流が起こらないため睡眠時に呼気に含まれる二酸化炭素が顔の周りに停滞し、結果的に窒息する恐れや、くしゃみやせきによる飛沫が地面に落ちず、空気中を漂い続けるため感染症のリスクが高まるなど、悪影響が大きい。これらの影響を避けるためにも疑似重力は必須であると言える。

5照明

 外宇宙都市船では、航路によっては光源として太陽光を利用できない場合が多い事が想定されたことから原則として人工的な内部照明を利用している。
 この都市船内の居住区画・環境再現区画内の照明は、NWの一日の時間、及び一年を通じた季節に合わせて明るさが徐々に変化するように設定されており、この明暗サイクルによって昼夜・季節の再現を行っている。
 これは別に設計者の趣味や伊達でやっている訳ではない。例えば、一切窓の無い閉め切った部屋で時計など時間を知る事のできる装置が無い状態で何日も生活していると、就寝・起床のタイミングが実際の時間と少しずつずれていく、という現象がある。
 これは生物の体内時計による1日が実際の1日とずれているため起こる現象である。
 地上では光・温度・食事など、外からの刺激で体内時計がリセットされるため、このずれが問題になる事は無いが、昼夜の区別が無い宇宙では気温・明るさが一定の環境で長期間の生活を行った場合、このずれによって健康への悪影響が引き起こされる事が予想されるため、あえて明暗の変化を付ける事でバイオリズムの補正を行うのである。

6食料生産

 都市船内の一区画を農場バイオーム区画として利用している。これは既に述べた水や空気の循環システムの一部に組み込まれており、食料の供給のみならず酸素供給をも担っている。
 これは穀物とタンパク質の供給源となる大豆などを主体とした各種農産物を水耕農業によって生産するもので、他にクロレラ等を主体とした淡水性単細胞緑藻類、すなわち植物プランクトンも培養されている。これは光合成能力が高く、繁殖能力にも優れる事から酸素供給源の主体、及び補助的な食料源として利用されている。
 また、この藻類を餌として動物性プランクトンの培養を行い、それらを飼料として各種水産資源の養殖を行う他、上記の各プランクトン・各種農産物の不可食部分(例:レンコンの葉など)を飼料として家畜類の飼育を行っている。

7リサイクル

 外部から供給の無い限りは、基本的に都市船内の資源は一定量しかない。そのため、通常は化石資源から製造されるような合成繊維やプラスチック等の生活用品も、全てリサイクルが容易であるようにデザインされ、素材にはバイオマス資源を原料に用い同時に生分解性を持つバイオベースマテリアルが採用されている。
 このような原料として廃棄物系のバイオマスと共に、食用以外の植物や微生物もまた化学的・生物学的操作によって形を変え貴重な資源として活用されている。

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製作:満天星国